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金子光晴 『マレー蘭印紀行』
既読だったように思って読み始めたが、読んでいてもまったくそんな感じはしなかった。うすうす感ずいてはいたが、アルコール性痴呆症が相当進行しているということか。それともただの勘違いだろうか。まあいいわ、ここに読書記録を書くという行為もそれに対抗するための手段なのである。それから、またさらに飲んだくれるというのも、この行為に対するさらなる抵抗である。矛盾?そうかもしれない。
それでも、これには意味があると信じている。
で、金子光晴である。エロジジイである。失礼、故人に対して言う言葉ではなかったかな。時代ゆえ、多少の読みにくさはある。爪哇(=ジャワ)とか馬来人(=マレー人)とかね。
マレー諸国をわたり歩いた際のその記述は、現代では、人種差別的とみられるおそれすらあるが、彼の多様な人種・文化に対する大いなる興味関心は読むものの好奇心を刺激する。
そうして、彼は、滅びゆくものを静かに記していく。
……追いつめられたダイヤ族もいる。はやくも活力をぬかれ、奴隷となりはてた夥しい半開種族の部落もある。くらやみのなかにいりまじったそれらの悲しい音楽、わけのわからない華やかさは、すべてみな、壊滅にいそぐ美しさなのだ。
狩られ、蹂躙され、抽出され、滅ぼされてゆく命たちの挽歌なのだ。耳をそばたてよ。きこえるものは船側に流れてゆく海水のひびきだけだというのか。
金子光晴『マレー蘭印紀行』より
僕らは滅ぼされてゆくものたちに、もっともっと眼を向けなければならないのだ。旅の途上の一時の休息地であれ、共に住むものであるのなら、なおさらのことだ。
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投稿者 Kazu : 2006年04月07日 16:11

