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February 08, 2007

秋吉久美子と正義論

秋吉久美子の3度目の結婚とのニュースには、とくに感慨も何もあるわけではないし、ファンというわけでもないけど、どういうわけか、著名人のブログで唯一眼を通しているのが彼女のブログだったりする。

自分こそ正しい、という考えが、あらゆる進歩の過程で最も頑強な障害となる。これほどばかげていて根拠のない考えはない
(J・G・ホーランド)

子供の頃はどんなに自分が正しいかと親に訴える。親は、これが正しいのだからこのようにしなさいと子供に押し付ける。思春期になると正しいことなんかは無いのだ、とそれが正しいことでもあるように、正しいことなんか無いという正しさを信じて行動する。歳をとると私の人生がどんなに正しかったかと、思い出を語りだす。親も子供も友達も社会も個人も国対国も自分こそ正しいと、人の数だけ国の数だけ主義の数だけ正しさを言い張って大騒ぎだ。正しさを認めてくれないといって自殺する人までいる。正しい理由だと信じて裏づけの為に殺しあう。周りの正しさを認めれば押しやられる。黙っていればいいようにされる。正義は誰によって決められるのだろうか。正義は何によって成立するのだろうか。
秋吉久美子 -Kakugen- オフィシャルブログ

秋吉久美子の正義論からすると、俺はまだまだ思春期にかなりを支配されているのだろうか。というよりも、正義か否かを信じるほどクソマジメな人間ではないな。

自分こそ正しいという考えが障害となるってのは理解できる。付け加えるならば、これは他との比較においても、陥りやすい障害といえるかもしれない。どんなゲス野郎と比較しても、ヤツよりは正しい、なんて思ってしまったらそんなものはすべて思い上がりの傲慢に違いない。正義なんてクソくらえ!信じるべきものは、きっと自らの胸の内にある。けれども、そいつが「正義」か否かなんて手垢をつけてはならない、決して!

投稿者 Kazu : February 8, 2007 08:12 AM



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