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October 09, 2005
奇跡の声、それから、ムズズと炎の木
午前9時。マラーウィ湖畔のロッジ。荷を素早くザックに詰め込み、また新たなる旅立ち。
ロッジを出るところで、ここの従業員で、昨日の食事を作ってくれたトゥンブカ族の姉さんと鉢合わせ、きくと彼女も、自分の今日の目的地であるムズズへと行くところだと言う。
それで、ともに歩く。チェワ族のおじいさんとすれ違えばチチェワ語で、トンガ族の村人にはトンガ語で挨拶を交わす。来た時と同じ路でも、少しずつ違って見える。すれ違う人々。一緒に歩く人。トゥンブカ族の姉さんE。人々の反応。トゥンブカ族の姉さんEの話し方は、すてきだ。マラーウィ人は概して、穏やかでのんびりした調子で話すけれども、彼女は今まで出会ってきたどの人々よりも穏やかな声で話す。
だからといって、大人しいというわけでもなく、遠くに見える人々とも元気よく声を張りあげあいさつを交わす。大げさに聞こえるかもしれないが、彼女の大らかな抑揚のある声は奇跡のようにすら思える。来た時と同様に、マンゴーの木々を、教会を、学校を、村の間を通り過ぎ、やがてムズズへとつながる大きな道に出る。
この環状線に沿って、チンテチェの町の方向に歩いている途中で、ムズズ行きのミニバスをつかまえ、そして乗り込む。チンテチェの町で、ドライバーの隣の助手席に移動。ドライバーがきく。
「彼女はワイフ?」
「いや、姉です。」
「………。」
「実は父がトゥンブカ族で、母が日本人なんです。」
「………。」
ドライバーは、信じなかった。マラーウィ人は意外と疑い深い。ンクハタベイの手前で別のミニバスへと乗り換える。それからしばらくして、ミニバスはムズズへと着く。なぜ、ムズズ行きに乗ったのに乗り換える必要があるの、って思う?
これはここでは普通のこと。重視されているのは多分、ミニバス側の効率性。乗客は時に、多少の不便には我慢を強いられる。俺はこれをたいした問題とも思わないので、ミニバスが好きでいられるんだな、きっと。同じ方向へ行くミニバスが鉢合わせたら、一台に乗客を無理やりにでも詰め込み、もう一台は別方面へ行く客をまた集める。
乗客が集まるまで出発しないのも、また同じことだ。彼らにスケジュールはない。俺の旅もまた、同じだ。定められたスケジュールに従って旅をすることに何の意味もない。
Eとともに宿に。ムズズには、昨日泊まったEの働いているチンテチェのロッジと同じオーナーが経営する宿があり、Eもここに用事があってムズズまで来たのだった。キャンプをはらせてもらうつもりだったけど、また大幅値引きの誘いがあり、個室に泊まることに。
敷地の片隅に立つ「Flame Tree」の名を冠したこの宿は、とても居心地がよく、安らぐ。庭には、竹の植えられている一画があって、こちらの方が外から見ると、まさにFlame Treeという感じで、格好の目印となっている。ちょこちょこ動きまわる従業員Lの2歳になる娘。庭を駆けまわる子犬。
ムズズは、マラーウィ北部の首都として知られるなかなか活気のある町だ。市場の活気がとくにすばらしく素敵で、飽きることなく歩きまわる。人々の動きまわる活気に満ちた姿を見ていると、ここで映画を撮ったら素敵だろうな、と思う。
映画祭に関わったりするようになって、時に、自分が撮るとしたら、という想定が頭をかすめることがある。自分が映画をつくるとしたら、セリフの流れにとらわれない、ただ人々の息づかいを伝えるような作品を創りたい。セリフらしいセリフは、むしろなくてもいい。字幕説明も要らない。
例えば、キューバの今を映した「永遠のハバナ」のような映画。あるいは、複数の監督におけるオムニバス映画「セプテンバー11」の中でのショーン・ペン監督によるショート・ムービー。他に何かある?もっともっとこういう作品が出てくればいいのに、と思う。
町を歩きつかれて、宿に帰れば、従業員Lの2歳になる娘が不思議そうな瞳で、出迎えてくれる。
それから、トゥンブカ族のEのつくってくれたビーフシチューと煮豆、サラダ、ライスのディナーを食べる。美味しい食事。ひさびさのホットシャワーで汗を流す。
それから、ベッドに横になり、夢の世界へ。
投稿者 Kazu : October 9, 2005 10:21 PM
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