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October 07, 2005
湖上の旅 - リスクに因らない恐怖
6時半起床。旅立ちへの準備。
トーストと紅茶の軽い朝食の後、キャンプサイトを離れ、モンキーベイの港へとゆっくり歩いていく。捜していた男は、結局見つからなかった。もしかしたらという手がかりをわずかに得たが、何しろ名前を覚えていないのだ。確証はない。それでも、次の機会にはあるいは…。
港へと着き、ンクホタコタまでのチケットを購入し、Ilalaフェリーへと乗船する。まだ出航までだいぶ時間がある。ようやく乗客が少しずつ集まりだす時間。暇を持て余し、積荷を運び入れる船員の手伝いを申し出る。アフリカンスタイルで、頭の上に載せ、かなり古くところどころに穴の空いた橋を渡り、ドックから船の中へと、荷を運んでゆく。
船員たちと交わすあいさつが自然と大きくなり、活きのいいものとなっていることに気づく。それから、船の中で出航を待つ。Ilalaが汽笛を鳴らす。港とフェリーを繋いでいた板が取り外され、やがてフェリーは沖をゆっくりとはなれていく。
ところで、今朝からデジカメの調子が悪く、ついにレンズが出てこなくなってしまった。分解してみたが、改善させることはかなわず、少なくとも、しばらくは写真は撮れないかもしれない。あるいは、最後の写真がキャンプサイト隣接のバーで撮ったトコロシュ(アフリカ各地で伝えられる悪霊の類)の彫刻の写真だったので、こいつの呪いかもしれない。となると、俺や、あるいは腕のいいエンジニアにさえどうこうできる問題ではなく、呪医サンゴーマを探すしか術はないだろう。
フェリーは、きわめて穏やかな波の上、マラーウィ湖を北へと進んで行く。南から北へと向かう便の始発港であるモンキーベイで乗った人と積荷はまだそれほど多くはないが、それでもエコノミーシートの通路には、多様な荷が積み上げられている。自転車が多く目立つ。もちろん食糧も多い。
シートに横になり、耳をすますと人々のざわめきの外側から波をかきわけて進む音がきこえてくる。しばらくすると、人々のざわめきに変化があることに気づく。ランチの時間だ。エコノミーシートの食堂へと行き、メニューと値段を確認する。メニューはひとつだけ。ライスとビーフシチューとサラダで、しめて150クワチャ!分量はかなり貧相ではあったが、味は悪くなく、船尾へと皿を持って行き、そこで気持ちのよい風を受けながら、ペロリと平らげる。
それから、船内を周り、人々との交流を楽しむ。船尾で風に当たっていた青年に僕はチチェワ語で話しかけ、つづく会話の中で、彼が北部出身のトゥンブカ族だということを知り、「マラーウィ人=チェワ人」となりかかっていた自分の愚かな単純思考を深く反省した。彼にトゥンブカ語を少し習う。また、北部の都市ムズズ出身のトゥンブカ族のおじいさんともしばらく話をした。
マラーウィ北部には、トゥンブカ族が多いときく。他にも、マラーウィには、ヤオ族、ングーニ族、トンガ族などがそれぞれ暮らしている。それから、農業省勤務の男とその家族と語らい、また船員たちとも頻繁に言葉を交わして、船上での時を過ごす。
そのうち、船は最初の停泊地チポーカ沖へと着く。汽笛を鳴らし、小型のボートが二台、沖へと走っていく。トゥンブカ族のおじいさんは、釣り糸の先にンシマをつけ、釣りをはじめた。
チポーカには、船を寄せるドックがないので、乗降客と積荷のやり取りは、小型のボートを使って行われる。Ilalaの乗降地13港の中でも、フェリーを寄せられるドックのある港はそう多くはない。
何度かボートでの人と荷のやり取りを経た後、Ilalaはまたゆっくりと動き出す。トゥンブカ族のおじいさんの獲物は、一匹だけ。おじいさんは、次の停泊ではもっと釣ってやる、と意気込む。
チポーカで、乗客と積荷はぐんと増え、船内の活気が増した。俺の席の隣では、母親と子供たちが床にゴザをひいて寝ている。下の子は、時々甲高い声を上げ、泣き叫ぶ。エンジンルームの音にも負けないほどだ。陽がだいぶ落ちてきた。船尾に出ると、右手のマラーウィ側が赤く染まっている。
しばらくして、シートに戻り、2週間前のM&Gを読む。南アフリカにおける犯罪件数と犯罪に対する恐怖心の統計分析記事は、特に目新しいわけでもないが、なかなか興味深い。近年の犯罪件数の低下に反して、逆に上昇傾向の恐怖心。アパルトヘイトが終わり、自分たちの世界を闊歩するようになった黒人を恐れる白人のことをレイシスト(人種差別主義者)と糾弾するのは容易く、まあそうに違いないのだろうが、問題はそれだけではない。
黒人各部族にも、家族や故郷を離れ、一人働きに出ることが多くなり、異人の中に放り込まれたある種の恐怖心が見られるという。たぶん、今の人々の恐怖心は、この国が本当の意味で成長していくために、必要な段階なのだと思う。
統制され、監視された社会における安心感をはなれ、自分たち一人一人で、一歩ずつ築いてゆくべき道が用意されている。それはたやすい道ではないのだろうけど…。
これはまた、(自分が強く望んでいる)移民の受け入れ、規制を緩和するに従って、僕ら日本人も通らなければならない道にも近いものではないかと思う。
M&Gから眼をあげると、斜め向かいの男と眼があった。近寄ってきて、いきなり「友だちになれるか?」ときく。適当に返事をしていると今度は、「あなたはさっきからビールを飲んでいるけど、これがどれほど良くないことか分かっているんですか?」と説教をはじめた。
どうやら、牧師らしく、イエスが、ゴッドが、、、とぶつぶつ説教をはじめている。「御祈りさせてもらってもいいか?」というのについ頷いてしまうと、頭に手をのせ、男の祈祷がはじまる。神が、、、イエスが言ったから、、、バイブルにのってる、、、という下りには特にうんざりさせられた。これが終わると、今度は弟まで現れ二人で説教をはじめるではないか。どうにも押しつけがましい感じで、時々注意深くきいてみたりもしたが、全くもって感心する部分はなく、さすがにうんざりして、疲れているので休ませてほしい、と言って引き下がってもらう。二人は、バイブルをあげるから、後で読みなさいと言ったが、これもしっかり断る。
船尾に出ると、あたりはすっかり暗くなっている。月明かりで満天の星。ミルキーウェイ。流れ星がひとつ。風がすずしさをくれる。
シートに戻り、横になる。湖の上に漂うイメージと星の海に埋もれるイメージを頭の中で繰り返し、そして、いつのまにか眠りにつく。
投稿者 Kazu : October 7, 2005 01:08 PM
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