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September 09, 2005
それから 希望の夢を見る
Windhoekは、いろんな意味で便利なところだよ。市街には、首都だけあってたいていのものは揃っているし、何よりタクシーが安い。市郊外30分以内程度なら基本的に6ナミビアドル(≒100円)。タクシーといっても、乗り合いで、客によって行き先を決めるバスみたいな感じだな。
それから、治安の良さもあげられる。市街はもちろん、郊外のタウンシップも、日中であれば、比較的安心して歩くことができる。そのうえ、郊外には、数多くの魅力的なタウンシップが、それほど遠くない場所に散在している。
今日も、カトゥトゥラからオクリャンガバを練り歩く。カトゥトゥラとオクリャンガバにも、それぞれの町の中にも貧富の格差は、はっきりと存在する。アパルトヘイト(人種隔離政策)が終わっても、それで解決されない問題が山ほどある。
俺が今言いたいのは、中立的な視点、平等に物事を見る、ということは、スタートラインとしてはよしとしても、全く十分ではないということ。あるいは、アクティブに行動しない限り、ほとんど生かされることがないということ。
例えば、アフリカを見てみよう。そこにただ貧困があるわけでは決してないこと。生まれながらに、圧倒的な格差があり、搾取する側と搾取される側の構造が至る所にはりめぐらされている、身動きの取れないこの世界をもう少し注視してみよう。
アフリカで虐殺される人々がいて、それがあなたの生活の中に、原因があるかもしれないと考えたことがあるだろうか?
世界は、弱肉強食という言葉が示すほど単純なものではなく、多様で驚きに満ちている。それでも、現代は、少数の強者が、弱者の生活を縛り、行使する力が大きくなりすぎている。もう少し、皆が自分たちの周りを、世界を注視してみよう。プロパガンダは至る所にある。
そして、自分の眼で本物を見つけよう。
自分の考えでは、世界はもっともっと多種多様なアファーマティブアクション(ポジティブアクション)のようなものを必要としていると思う。
マイケル・ムーアが『アホでマヌケなアメリカ白人』で、黒人しか雇わないことにした、ということを書いてたが、この感覚は非常に重要だと思う。「平等に肌の色に関係なく、能力だけで採用する。」という言葉が、特権を維持したい者にとって、都合のいいものでしかないのではないか、ということに考えを巡らすことは、今最も必要とされている視点の一つかもしれない。
それから……。
投稿者 Kazu : September 9, 2005 08:12 PM
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